2014年6月21日「震災を語り合う時のズレを問う」(報告)

梅雨の合間、せんだい×とうきょう@てつがくカフェの第3回が行われました。
今回は18名と多くの方が参加され、カラフルなTシャツがところ狭しと飾られた、エイブルアートさんの会場に負けずに盛況なカフェとなりました。

今回のテーマは、前回の対話の流れを引き継ぐ形でテーマは「震災を語り合うときのズレを問う」。

前回の簡単な振り返りの後、まず、ズレとは何か、について、語り合いました。
被災地と東京、関西と東京、海外とニッポンなど、被災度合、体験度合、認識度合い、影響度合から来る、温度差、感情のズレが挙げられました。また原発についても、放射線量や家族構成を背景に生じるズレも指摘されました。

またそのなかで、仙台のてつがくカフェを始めた経緯として、被災地でも本来は
ヒトによってズレがあるはずであることを認識し、対象化させたいという思いが紹介されました。


そのようなズレから何が問題なるのかを見つめた後、問いの設定に入りました。キーワードとしては、違和感、規範の存在、価値判断基準、利点、対象化などが挙げられ、「ズレからの共有は可能か」という問いを深めていくことになりました。


震災で生じたズレから来る溝(隔たり)は絶対的であるという意見がありながら、関係性を見つけたい、語るヒトの意見だけを聴くのではなく、語らない(語れない)ヒトの声を奪わない姿勢の重要性について対話がありました。
また、一方でズレの共有自体、必要なのか?という、という根本的な問いかけもありました。

また表面化したズレの本質について、震災前からのズレがある点も指摘があり、私たちがズレをどのように認識し、価値判断したのかなどの論点も新たに提示されました。

カフェは2時間で終了しましたが、新しい試みとしてカフェの後、お茶を用意して参加者同士が、気軽に話し合える場を作りました。多くの方がカフェの続きや感想を話し合うことで交流する自由な時間となりました。